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聖悠紀(ひじりゆき)の近況はパーキンソン病で闘病|生い立ちや経歴

聖悠紀(ひじりゆき)の近況はパーキンソン病で闘病|生い立ちや経歴

聖悠紀(ひじりゆき)さんが2022年10月30日に肺炎でお亡くなりになっていたことがわかりました。

聖悠紀さんといえば「超人ロック」ですよね。

心よりお悔やみを申し上げます。

聖悠紀さんは2020年6月10日にパーキンソン病で闘病中であることを公表していました。

今回の肺炎につながってしまったのでしょうか?

聖悠紀さんの近況や病気のこと、生い立ちや経歴もまとめたいと思います。

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聖悠紀さんの近況|パーキンソン病で闘病中だった

聖悠紀さんは、2020年6月10日に、精密検査を受けてパーキンソン病であることを公開しています。

この頃から、聖悠紀さんのパーキンソン病という病気が進行し、描きたいと思う線が描けないことが多くなったことも公開されています。

【パーキンソン病とは】

体の震え、動作がゆっくりになる、筋肉が強張り手足が動かしにくくなる、転びやすくなるなどの症状を特徴とする病気です。脳に指令を伝えるドパミンと呼ばれる物質が減ることによって起こります。参考:メディカルノート

聖悠紀さんの死因は肺炎ということでしたが、パーキンソン病とは関係がなかったのかどうかが気になりますね。

メディカルノートによると、パーキンソン病という病気は様々な症状が起こりますが、筋肉がこわばり手足が動かしにくくなるとのこと。

聖悠紀さんは徐々に描きたい漫画が描けなくなっていったのかもしれませんね。

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病歴

  • 2017年11月:慢性副鼻腔炎の手術を受けて、術後の経過診断のための診察時に倒れて心停止を起こす。

聖悠紀さんはこの時に蘇生に成功しますが、昏睡状態となり、2017年12月に心臓の外科手術を受けます。

2018年2月初頭、以前のようには動けないと自身のツイッターで発表していました。

聖悠紀さん、心臓の外科手術後も、リハビリを続けながら連載再開を果たしています。

この連載再開時の世間の声はとても温かく、多くの方が聖悠紀さんのことを待ち侘びていたことがよくわかりますね。

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聖悠紀さんの生い立ち

聖悠紀さんは新潟県新発田市出身です。

中学3年生で愛知県名古屋市に引っ越し、高校進学後に、石森章太郎さんの「マンガ家入門」を読んだことがきっかけとなって漫画を描くようになります。

大学に進学し学業の傍ら漫画にも没頭し、春、夏、冬休みには漫画づけの生活を送っていたそうです。

デビューはいつ

聖悠紀さんのデビューは1971年です。

小学館の「別冊少女コミック」から『うちの兄貴』でデビューしています。

少女漫画家として活動するようになり、1973年には上京しています。

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聖悠紀さんについて世間の声

多くの方から愛されてきた聖悠紀さん。

本当に残念です。

まとめ

聖悠紀さんの近況やご病気のこと、生い立ち、デビューなどについてまとめました

超人ロックといえば、50年以上も継続した日本屈指の長寿漫画になります。

半世紀にわたる長寿漫画でありながら、どこから読んでも話がわかるように配慮されています。

いつでも読者目線をお持ちで誰もがいつどんな時にでも楽しめる作品でしたね。

このような名作を本当にありがとうございました。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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