2023年3月16日の「奇跡体験!アンビリバボー」にて。
マクマーティン保育園について取り上げられました。
マクマーティン保育園裁判(マクマーティンほいくえんさいばん、The McMartin Preschool Trial)、通称マクマーティン事件(McMartin case)は、1984年から1990年まで行われたアメリカ合衆国における子供の性的虐待事件に関する刑事裁判のこと。
マクマーティンは、本件で起訴された保育園の園長の姓に因む。
公判前捜査も含め1984年から6年間続いた刑事裁判の結果、証拠は存在しないことが明らかになり、全ての容疑について1990年に無罪となった。
アメリカ史上最も長く、最も高価(約1500万ドル・日本円にして21億)な刑事裁判であった。
裕福な白人層が多く暮らす、カリフォルニア州マンハッタンビーチにある児童施設で事件は起こります。
園児ら369名が職員に性的虐待を受けたと告発したことで、施設の経営者であるレイモンド・バッキーをはじめとする職員7名が逮捕されました。
しかし裁判では物的証拠が何一つ提示されませんでした。
この裁判は史上最悪の冤罪事件ということで幕を下ろしました。
前置きが長くなりましたが、
この事件の関係者のその後が気になりませんか?
レイモンド・バッキーのその後、そして子供にについても調べてみました。
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マクマーティン保育園事件裁判のその後|レイモンド・バッキー現在
レイモンド・バッキーは現在、「Uncovered:The McMartin Family Trials」によりますと、名前を変えて北西部に移り妻と息子と一緒に暮らしているようです。
冤罪を証明したレイモンド・バッキーですが、マスコミがセンセーショナルに報じたことが影響して、この事件の関係者の人生は破壊されてしまいました。
「性犯罪者」というレッテルを貼られたことで、元の生活には戻れなくなってしまい、レイモンド・バッキーは別の名前に改名したのです。
レイモンド・バッキー以外の関係者も多額の裁判費用により、破産する人間もいました。
何せ約1500万ドル・日本円にして21億ですから。
無罪判決が出ても、地元で有名な保育園経営をしていた一家が名声を取り戻すことはありませんでした。
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冤罪が生まれた原因とは?
When Ray Buckey initially was arrested, it was clear the evidence against him was too slim to sustain the charges. That changed after Kee MacFarlane added to the stack of purported victims from her puppet research, however. pic.twitter.com/FA7h7Doh3o
— Crimes of the Centuries with Amber Hunt (@centuriespod) July 29, 2021
マクマーティン事件の冤罪が生まれた原因はマスコミの暴走です。
1984年2月になり、マスコミがこの件を取り上げ、報道内容は加熱していきました。
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マクマーティン保育園事件裁判のその後|子供たち
さらに最後まで裁判で「レイモンドに性的虐待を受けた」と訴えていた少女は、大人になった現在も「虐待はあった。あの事件のせいで人生が壊された」と話しています。
レイモンドは無罪となりましたが、最後まで陪審員が全員一致で「疑いなし」とならなかった嫌疑が6件あったことから、冤罪被害者も、またセラピーで虚偽の記憶を植え付けられた子どもたちも苦しみ続けることになってしまったのです。
引用:https://wondia.net/mcmartin-preschool
マクマーティン事件裁判で証言をした子供たちの記憶も混乱していると思います。
そんな子供たちの現在を考えると胸が痛みます。
おそらく今でも、マクマーティン事件の関係者内で恨み続けている人たちが存在するのでしょうね。
まとめ
マクマーティン事件のその後についてまとめました。
ただただこんな酷い冤罪事件が二度と起きることがないように祈るばかりです。
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