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渡邊雄太【プロバスケ選手】父親と姉も元バスケ選手!母親は日本代表

渡邊雄太【プロバスケ選手】父親と姉も元バスケ選手!母親は日本代表
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渡邊雄太選手はNBAのブルックリン・ネッツに所属するバスケットボール選手です。

2m6cmという高身長です。


高校3年生の時にバスケットボール男子日本代表候補に選出されました。

2012年8月にはU-18 日本代表の主将としてFIBAアジアU-18選手権にも出場しています。

2018年にメンフィス・グリズリーズと契約を結び、日本人としては2004年の田臥勇太選手以来、2人目のNBA選手となりました。

そんな渡邊雄太選手は家族の経歴もすごいんです。

渡邊雄太選手の父親・母親・姉についてまとめました。

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渡邊雄太の父親は元プロバスケ選手!


渡邊雄太選手の父親は渡邉英幸さん。

身長190cmで、かつてバスケットボール日本リーグの社会人チーム「熊谷ブルーインズ」に所属していました。


東京都にある大手ゼネコン「熊谷組」の実業団チームで、渡邉秀幸さんはスモールフォワードとしてプレーしていました。

息子の渡邉雄太選手と同じポジションだったんですね。

「熊谷ブルーインズ」は1952年に創部し1968年の第一回全日本実業団競技大会で優勝しています。

翌年に日本リーグに昇格し、1990年と1992年に日本リーグで優勝も経験あります。

1994年には業績改善ロ理由に休部となりました。

お父さんの姿を見て育ったからなのか、小学1年生からバスケを始めた渡邊雄太選手。

母親がコーチをつとめる三木スポーツ少年団に入ります。

小学2年生頃にテレビでNBA選手コービー・ブライアントのプレーを見て憧れを抱き、翌日から父親の英幸さんと特訓を始めたそうですよ。

父親と基礎練習の日々

毎日取り組んだのは基礎練習でした。

渡邊雄太選手の実家近くの空き地にはゴールドリングがありました。

最高1000本のシュートを入れるまで延々フリースロー練習をしていたこともあるそうですよ。

なかなか入らず、時には4時間かかったこともあるんだとか。

小学生時代から練習を休むことはなく、目標に向かって努力を欠かさないストイックさが、今の活躍に繋がっているんですね!

渡邊雄太選手のNBA選手としての初得点もフリースローでした。

父渡邊英幸さんも現役の頃はフリースローの得点率が高かったそうですよ。

地道な努力は必ず報われることを証明していますね。

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渡邊雄太の姉は元プロバスケ選手!

渡邊雄太選手の姉は渡邉夕貴さん。

170cmで、「アイシン・エィ・ダブリュ・ウイングス」に所属するプロバスケ選手でした。

「アイシン・エィ・ダブリュ・ウイングス」はバスケットボール女子日本リーグ所属のチームで、渡邊夕貴さんのポジションはガードフォワードでした。

2011年にデンソー戦で公式戦に初出場し、2013年〜2014年のシーズン終了で現役引退しています。

渡邊雄太の母親は元プロバスケ選手で日本代表!


渡邊雄太選手の母親は渡邉久美さん。

旧姓は久保田久美さんで、177cmの高身長です。

シャンソン化粧品」に所属のプロバスケ選手でした。

1962年創部の「シャンソン化粧品」は日本女子リーグの中でも強豪のチームで日本リーグ(Wリーグ)優勝16回、国体でも優勝1回など全国タイトルを31回も獲得しています。

そんな強豪チームに所属していた久保田久美さんは1985〜1986のシーズンで日本リーグMVPに選ばれました

さらにバスケットボール日本女子代表にも選ばれ、1983年には世界選手権にも出場しています。

トップレベルの実力の持ち主だったことがわかります。

現役引退後に渡邊英幸さんと結婚し、コーチとしてスポーツ少年団でバスケの指導をしてきました。

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まとめ

渡邊雄太選手はバスケ一家で育ったことがわかりました。

家族の影響を受けてバスケを始め、小学2年生で

朝5時半から練習漬けの生活を送るストイックな少年でした。

父親も母親も姉もプロバスケ選手という経歴はすごいですよね。

さらに母親は日本代表選手でした。

恵まれた体格だけでなく、ストイックに努力を続けることは父親の指導の影響が大きいようです。

今後も渡邊雄太選手の活躍に注目したいと思います。